「おめでとう!」と言える親の看取り

看取り対話師である看護師が、ご自身のお母様のお看取りをしたときのことです。
「おめでとう!」と言いたくなるほど感動的な最期でした。

わずかながらも関わらせてもらった感謝の気持ちを込めて記したいと思います。

 

受講までの経過

郷堀さんとは5、6年前からの知り合いで、3年ほど前に相談がありました。介護中の母にイライラしてしまい、それが自分自身の問題であることはわかっていても、どうすればいいかわからないーという状況でした。

3ヶ月のカウンセリングで母娘の関係性は改善し、イライラすることなく関わることができるようになりました。そして2年前、看護師向けの心理学講座を受講に来られたとき、お母様は施設に移られていました。

その後、お母様の状態はゆっくりと変化し、少しずつその時が近づいてきているようでした。容態的にはいつ何があってもおかしくない状況で、彼女自身も徐々にその心づもりをしているようでした。

 

 

 

 

 

娘の葛藤

ところがー
「もうそろそろだと思う」と彼女の口から何度か聞きましたが、それからもお母様はなかなかでした。何か、ずっと粘っていらっしゃるように感じました。私は心の中で(何をそんなに頑張っていらっしゃるんですかー?)と問いかけました。なにか、わからないけど、お母様が言いたそうなことが感覚的に伝わってきました。

あるとき、彼女が心の中の苦しさを吐露しました。
お母様はずっと「家に帰りたいー」の一点張りだとのこと。
6人兄弟のうち主に関わっているのは4人ですが、それぞれに仕事があり、家庭があり、お母様を引き取るのは難しい状況でした。
また、過去の誤解で母と仲違いしている兄弟もいました。

この状況は誰でも理解できると思います。介護をしている多くの人が、一度は通った道ではないでしょうか。子供は自分の人生なのに自分のために生きられない。親のために人生を諦めざるを得ない介護の状況。だけど自分を育ててくれた親を放っておけないー。この状況が日本全体を苦しめていると思います。

 

 
彼女はお母様に色々と理由を言ってなだめていました。なのでお母様は(もうすぐきっと家に帰れるー)と信じて待っていらっしゃるようでした。

本当は引き取ってあげたい。残り少ない時間なのだから、お母さんが満足できるようにしてあげたいー。だけどそれを許さない状況がありました。お母様を引き取ることで、自分自身も何も出来なくなってしまうかもしれない…。彼女は自分と母親の間で葛藤し、苦しんでいました。

彼女からその話を聞いたとき、私はあえてこう言いました。
「本当に無理なの?本当にご兄姉は手伝ってくれないの?」
「本当に何もできなくなる?絶対に?」
「それは周囲にお願いしてないからじゃないの?」
「自分の気持ち、伝えてる?」と・・・

 

 

 

 

 

葛藤した末の決断

3日後ー
彼女は職場に介護休暇を提出し、施設の退去手続きをして、自宅でお母様を迎える準備をしていました。
え。。もう、びっくり。
たかが3日でこの状況が整うなんて通常あり得ない。奇跡です。
こういうとき、私たちは魂の目的に導かれているのです。

だけど彼女の心の中にはまだ迷いがありました。自分が母と兄弟たちとの関係をうまく取り持つことができるか不安そうでした。
そのため“兄弟に望むこと”を書き出してもらいました。
それは兄弟たちに対する彼女の想いでした。

ただ、直接伝えなくていいんです。心の中で漠然と感じていることを言葉にしてみること、それがとても大切です。
想いは自ずと溢れ出します。
そして家族というのは共鳴し合っているため、言葉で伝えなくとも自ずと伝わるものなのです。

そのときの心境を彼女はこんなふうに書いていました。

 

とても幸せで、そしてせつないけど温かな気持ちです。

今日が迎えられて感謝の気持ちでいっぱいです。
あと3時間で会える。
大切に過ごします。

 

 

旅立ちのとき

その2日後のこと。
彼女から再びメッセージが来ました。

 

夕方、母が旅立ちました。
皆で見送ることが出来ました。
最期の呼吸も皆で確認して、その直前まで兄弟で笑ってました。

私、母の子で幸せです。
ありがとうございます。

 

 
兄弟たちがお母様の周りを取り囲み、穏やかに笑いながら話している傍らで、お母様が息を引き取った様子が目に浮かびました。
どうやら彼女の想いはちゃんとご兄弟に伝わっていて、引き取ることを拒んでいたにもかかわらず、みな駆けつけてくれた様子が伺えました。

これは私の勝手な想像ですが、きっとお母様はご満悦で天国に旅立たれたのではないかと思います。苦労して育てた我が子たちが、みな仲良く笑い合っているー。私が居なくなった後も、兄弟姉妹が手を取り合って助け合って生きていってくれるに違いないー。
きっとお母様は確信の中で、人生の環を閉じられただろうと思います。

私は不謹慎と思いながらも「おめでとう、って言いたいくらいだよ」と返信しました。
でも本当は心の中で「おめでとう!おかあさん!」って叫んでいました。
最期は大安心だったろうと思うのです。

 

 

 

 

 

勇気ある行動が変えたもの

彼女の勇気ある行動はー
おそらく無意識的に、魂の目的に気づいていたのだろうと思います。
お母様が何を望んでいるか、自分の役割はどこにあるのか。
できる、できないを越えて魂の目的に従ったとき、人は動かずにいられなくなるのでしょう。

もしお母様が粘っていなければー
兄弟はそれぞれの世界を生きるだけだった。
だけどお母様が粘ったことによってー
兄弟は「年に1回くらいみんなで旅行でも行こうよ」という話になったそうです。

“人の死は残される人のためにある”
私は父の死で教わりました。
死に対する考え方は人それぞれで、魂の目的もそれぞれ違います。
正しい答えは無いけど、意味のある看取りになれば、ただ居なくなるだけではないような気がします。

 

 
そして最近、彼女はこんなふうに話してくれました。

不謹慎かもしれないけど…

私は母のお看取りをしたときが
人生でいちばん幸せでした。

 

 
郷堀さん、かけがえのない経験をシェアしてくださり有難うございます。

 

 

 

 

 

 
郷堀有里夏さんのブログ

 

 

 

 
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この記事を書いた人

 

 

 

 
看取り対話師協会主宰
一般社団法人日本ナースオーブ
代表理事/せのようこ
看護師経験30年

認知科学・コミュニケーションの講師を15年務める。より良いお看取りを日本に広めるため、経験10年以上の看護師チームで保険外訪問看護サービスを開始。
代表よりご挨拶

 

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